EcoSmart Fire Magazine
Vol.3
暖炉がもたらす特別な時間
2024.09.20
スモールラグジュアリーリゾートを代表するホテルブランド『ふふ』。2007年熱海で開業してからすぐに、国内外から高い評価と人気を得て、河口湖、奈良、日光、京都、箱根、軽井沢と次々とオープン。訪れた人の五感を刺激し、唯一無二の体験を提供する『ふふ』シリーズを手掛けているのは、『TKN・ARCHITECT』代表取締役の中村 渓さん。「ブランドメッセージでもある、“ときを味わう場所”を表現するために、“土地の記憶を継承する”ことをとても大切にしています」という中村さんは、2023年12月軽井沢に開業の『ふふ 旧軽井沢 静養の森』の全室にEcoSmart Fireを導入。客室の扉を開けると、窓の外では木々が風にそよぎ、室内では炎がゆらめいていた。
約140年の歴史がある別荘地にある暖炉
2023年12月に旧軽井沢に誕生した『ふふ 旧軽井沢 静養の森』は、清らかな水をたたえる雲場池のほど近い場所にある。かつては木立に覆われた約2,000坪の土地に、ダークグレーを基調にした、シンプルで美しい低層の建物が建つ。延床面積は約3,000㎡だが、そこにある客室は僅か20室だ。
穏やかで風格ある施設は、名門避暑地の風景と調和している。エントランスの扉を開き、ロビーラウンジに入ると、ミズナラやイロハモミジ、白樺などが陽光にきらめいていた。
「中庭は旧軽井沢の森の中で寛ぐことをイメージしながらデザインしました。植物は自生していた品種を中心に軽井沢の山々から良い樹々のみを選定しています。建物を自然の背景として捉えることで、自然豊かな景観との調和を図っています。」と言うのは中村渓さん。この施設の土地選定から手がけているという。中村さんはプランニングの段階から、季節を変え数多くこの地を視察し、土地が重ねた時間と文化をひもといていった。
「旧軽井沢の別荘地としての歴史は、1886(明治19)年に遡ります。カナダ出身の宣教師アレキサンダー・クロフト・ショー氏がこの地に魅了され、避暑に訪れたのが始まりと言われています。おそらく氏は夏の木々の美しさと、高原の清らかな風に惹きつけられたのではないかと推測しました。ここは、年間平均気温8.6度と冷涼ですから、新緑が鮮やかであり、白樺の樹皮も輝いています。そんな旧軽井沢の自然に当時のエスタブリッシュメントほか、著名人なども魅了されたのでしょう。彼らは明治、大正、昭和初期にかけて、こぞって別荘を構えました。そんな別荘地としての原風景をイメージしながら、施設プランニング、カラートーン、素材、ライティング、ランドスケープから細かな調度品に至るまで、全てのレベルで、ふふ旧軽井沢が目指す世界観がブレないように気を配りました」
レセプションデスク、レストランカウンター、ロビーや客室のオブジェなどは、この地に自生していた樹々をアップサイクルしたものだ。それらの温もりや侘び寂びを感じる佇まいと、最新のデザインのソファやテーブルが見事に調和している。
野生と知性が共存した空間は居心地がいい。屋外の『KUMOBA TERRACE』のソファに身を沈めると、高原から爽やかな風が吹いてきた。開放的な心地よさと穏やかに流れる時間を感じるうちに、夕闇が訪れる。すると、屋外の暖炉に火が灯された。 「寒冷地は夏でも冷え込みを感じることがあります。かつて、暖房器具が発達していない時代は、炎で暖をとっていたのでしょう。周辺にある邸宅の多くは、薪ストーブや暖炉を備えています。軽井沢は、暮らしと炎が強く結びついたライフスタイルを積み重ねてきました。そのような文化を体験することがこの場所における特別な価値だと考え、客室全てにバイオエタノール暖炉・EcoSmart Fireを備えました」
完全なプライベート空間で炎を楽しむ
EcoSmart Fireは、実際の炎のゆらめきと暖かさを感じられるが、煙突も換気も不要だ。燃料のバイオエタノールは煤が出ないので、壁や天井の色が曇ることはない。
「宿泊施設、特に客室内で実際の炎を使った暖炉を導入するのは、消防法においてもハードルが高く、所管する行政庁との協議が必要です。今回の導入にあたっては、客室のメインコンテンツと位置付けていたので、地元の消防署と協議を重ね、耐火ガラスカバーなど、ゲストが直接炎に触れない仕組みを採用することで、室内に設置が可能となりました」 暖炉で炎が燃えている。しかしにおいもせず、有害な物質は一切出さない。出るのは水蒸気のみだ。程よい湿気が空間に満ちていくので、乾燥しがちな冬でも、室内を快適な状態に維持するのも利点だという。
そろそろ、部屋に移動する時間だ。KUMOBA TERRACEを囲むように配された廊下を通り、『ラグジュアリースイート』へと向かった。扉を開くと、100㎡以上の空間が広がっていた。4人が宿泊できるという部屋の中心には、大胆な円形のしつらえがされており、中央に美しいオレンジ色の炎がゆらめいている。心地良い暖かさと共に出迎えてくれた。 照明は適度に明るさが抑えられており、やや暗いライトが心地いい。この部屋に宿泊した人は、「皆が暖炉の周りに自ずと集まってきて、親密な時間と団欒が生まれ、リラックスできた」と語るという。
窓を少し開けると、木立を渡る風の音が耳をくすぐり、森林の香りとひんやりとした空気が吹き込んでくる。EcoSmart Fireに手をかざすと炎の温もりも伝わる。照明を消して、炎を見つめていると、雑念や屈託が溶けていくような感覚を覚える。 「旧軽井沢は“大切な人と心地よい時間を過ごす別荘地”として、年月を重ねてきました。おそらく、昔から人々は炎から、安らぎや癒しを感じていたのでしょう。私はこれまで多くの土地に関わり、思念や文化は目に見えなくともその土地に刻まれていると感じます。旧軽井沢では炎がフックとなって、現代人と土地の記憶が繋がり、時空を旅するような感覚が生まれるのかもしれません。同様の文脈を感じた『ふふ 河口湖』でも、全室にEcoSmart Fireを導入しました」
中村さんは、“その土地ならではの文化”を読み解き、建物全体で表現していく。だからこそ、『ふふ』ブランドは、非日常空間でありながら、まるでここで暮らしているかのような安らぎを覚えるのだ。これはインテリアにも踏襲されているという。 「部屋ごとに窓の外の自然の風景が異なるために、全ての部屋のデザインは異なります。これは、自然を主体にして、そこと調和させるように“旧軽井沢らしさ”を表現したからです。窓の外に植物を配置する際も、数センチ単位で幹や枝の位置を移動しながら景色を調整しました」
客室にいながら、自然を感じる
全室の共通点は、EcoSmart Fireがあることだという。どの部屋も自然からインスピレーションを得ており、インテリアのカラートーンはダークトーンの樹種に統一されている。部屋に合わせて、針葉樹を思わせる矢張りの壁、風渡る木立や葉脈をチーフモチーフにしたカーペットなどが使われている。
「家具や調度品のほとんどを施設コンセプトに基づきオリジナルでデザインしています。私たちは個々の場所における特別な体験価値を追求し、時の経過と共に場に根付いてゆく空間を創造しようとしています」 風、木、土のモチーフが目立つが、時々水を思わせる装飾がされている。理由を聞くと「敷地東側には雲場池を源流とする川が流れており、水面のイメージもあるからです」と続けた。 「部屋ごとにインテリアが違い、季節ごとに雰囲気が変わります。ですから、リピートされる方も多く50〜60%ほどいらっしゃいます。旧軽井沢は避暑地で知られていますが、あえて雪が積もる季節に訪れる方も多いです。窓から白銀の世界を眺めつつ、揺れる炎を見ながら完全にプライベートな客室の時間を楽しむ。客室から雪と炎を味わえる旧軽井沢の施設は、『ふふ 旧軽井沢 静養の森』だけです」 中村さんたちのチームが、旧軽井沢の自然や歴史と対話して完成した『ふふ 旧軽井沢 静養の森』。自然と室内がシームレスになっているかのような特別な体験ができるスモールラグジュアリーリゾートだ。 その室内の中心には、エネルギーに満ちた炎がある。季節ごとに訪れ、天然温泉にじっくりと癒されながら、五感が目覚めていく感覚を体験してみたい。
インタビュアー
前川亜紀
撮影
森崎健一
TKN・ARCHITECT代表
中村渓
TKN・ARCHITECT代表
中村渓