EcoSmart Fire Magazine
Vol.1
「炎の動きをインテリアに」川合将人が再生、暖炉がある名建築
2024.06.30
空間に物語を織り込むようなスタイリングで知られる、BUNDLESTUDIO Inc.代表/インテリアスタイリスト・川合将人さん。彼が手がけた空間に身を置くと、自分の中に眠っていた美意識に気づき、知的好奇心が満たされる。それは、川合さんが、依頼主の嗜好や目的から、建物と周辺環境、マテリアルを編み上げるかのように、空間を構築しているからだ。そんな川合さんが自分のために作り上げた空間が『BUNDLE GALLERY』だ。千葉県野田市に佇む、ル・コルビュジエの流れを汲む名建築に足を踏み入れると、EcoSmart Fireの炎がゆらめいていた。
モダニズムの巨匠、ル・コルビュジエにつながる邸宅
川合さんのオフィス兼ギャラリーでもある『BUNDLE GALLERY』は、千葉県野田市の自然豊かな住宅街にある。街には戦前からの古民家や蔵があり、ゆったりとした時間が流れている。木漏れ日の中を歩いていると、美しい曲線を描く白い塀が現れ、門の中に入ると、平屋の邸宅があった。道路側の塀に、切妻屋根が伸び、下がガレージになっているという合理的かつモダンなデザインも特徴的だ。
「1974年に完成した建物で、設計者は進来廉(すずきれん 1926- 2009年)さん。日本を代表する建築家・前川國男さん(1905- 1986年)の事務所で経験を積み、1955年からフランスに渡りル・コルビュジエ(1887-1965年)に師事した日本人建築家です」
玄関に入り、内部の大扉を開けると、リビングの大空間が広がる。建物を外から見ると低く感じるが、天井が高く開放的な室内だ。空間は、キッチン、リビングダイニング、寝室と大きく3つに分かれ、床面積は全体で約130平方メートルだという。
「柱がなく、広がりがある空間は、建物がRCの壁構造だからです。屋根に勾配があり、最も高いところに、H形鋼の梁が通っています。モダニズム建築の巨匠たちの影響は建物の随所に見られますが、顕著に感じるのは、ガラスを多用しているところ。通常は壁にすることが多い鴨居の上部までガラスが使われています。これはリビングだけでなく、寝室も同じです」
オリジナルに敬意を払い、可能な限り復元
優しい光がふんわりと回っていることを体感し、天井を見上げるとハイサイドライト(高窓)が設置されていた。柔らかな自然光が、白い壁や玄昌石の床、木素材の壁や段差部分に降り注いでいく。光のニュアンスの変化が伝わってきたので、室内から天井を見た。すると、先刻まで曇っていた空に晴れ間が見えた。
「ここは室内に居ながらにして、自然の変化を感じるのも特徴です。今は、オリジナルに可能な限り近づけて復元した後ですが、私が2019年にこの建物に出会ったときは、今とは全く違いました。飲食店として使われる予定だったそうですが、工事が中断されたまま、不完全な状態で放置されていたのです」
人の手が長く入っていない建物には、建築家の意図、施主であるオーナー夫妻の哲学がほとんど残っていなかった。そこで、川合さんはオーナーと話し合い、可能な限り復元するという作業に着手する。
「それは、建物が素晴らしかったからです。日本家屋らしさが、モダンなデザインに昇華された和洋折衷のデザインで、ここに住むほど深い魅力に気づくと直感しました。庭に面した扉は日本伝統の引き戸で、リビングと同じ素材の床がテラスまで伸びています。建物の内外が連続的に繋がっていくという構造が斬新でした」
そこで、川合さんはオリジナルに敬意を払いながら、復元をすることを決める。まずは、設計者である建築家の進来廉を深掘りしていくことから始めた。ル・コルビュジエのアトリエに在籍した日本のモダニズム建築家といえば、前川國男、坂倉準三(1901- 1969年)、吉阪隆正(1917-1980年)が著名だ。前川の弟子である進来はその流れを汲み、エールフランスの各支店、日本建築家協会建築家会館など多くの建物を手がけているが、個人宅の事例はほとんど公開されていない。
「進来さんは経歴も豊かで、約8年におよぶパリ時代にル・コルビュジエのアトリエでベルリンの都市計画のドラフトマンを担当したほかにも、デザイナーのジャン・プルーヴェや建築家のジョルジュ・キャンディリス、日本文化への造詣が深いデザイナーのシャルロット・ペリアンとも仕事をしていたことがわかったのです」
日本住宅とモダニズム建築の真髄に触れる
まずは、設計図や古い写真など、オリジナルの資料をひもとき、わずかな手がかりをもとに、文献を探す。
「国会図書館に赴き、当時の建築の専門書や、70年代の建築雑誌を調べ、オリジナルの姿を知る手がかりを探しました。また進来さんのご子息(建築家の玄・ベルトー・進来さん)や、当時の設計チームのご担当者の方にもお話を伺う機会を得たのです。進来さんのことを、知れば知るほど夢中になっていきました。オーナーにも聞き取りを重ね、元の建物が持っていた空気感や美しさを2年半かけて取り戻していったのです」
川合さんがのめり込むように手掛けた長期の改装作業は、日本住宅とモダニズム建築の融合の真髄に触れる時間でもあった。
「オーナー夫妻は海外生活も長く、独自の審美眼がありました。家は生活の場でもありますが、同時にアートや家具を美しく見せることも重視されていました。カラースキームも黒・白・茶・緑のみ。いま、私が選んだ家具や照明が展示されていますが、どれもその良さや特徴が引き出されています。これはもともと計算されていたから、表現できるのだと感じています」
美しい建物は、生活の場でもある。キッチンやバスルーム、収納などはリビングからは見えなくとも、建物全体に不協和音を生じさせないように、最新設備のものにリフォームする。
「細かな建材まで、細心の注意を払って選びました。バスルームもカラースキームを踏襲し、“これしかない”と決めたベトナムのブランドの緑のタイルにしています。これには思い出があります。改装はコロナ禍に行われ、タイルがロックダウンで届かない。他のものには表現できないので、数ヶ月待って完成させました」
緑といえば、リビングの中央にある八角形の炉台をもつ暖炉だ。この暖炉がキッチン側とリビング側を緩やかに分け、そして暖かくつなぐ役割も果たしている。
「黒い天吊りのフードも壁の曲線と調和して、とても美しい。50年前竣工当時の職人さんたちが、誠実にものづくりをしていたことが伝わってくる重厚な素材感です。このタイルもところどころ欠けていたのですが、様々なメーカーのタイルをリサーチして必死で探した結果、色合いや質感、サイズもほとんど同じという、名古屋のメーカーの製品を見つけ出しました。」
照明、暖房、アートとしての炎
これまでのキャリアで、圧倒的な物量を見ていたからこそ、見つけられることができた「進来廉とオーナー夫妻が50年前に選んだ緑」。今ここには、バイオエタノールの暖炉EcoSmart Fireの炎がゆらめいている。
「冬季の暖房として、欠かせない存在です。広い空間が十分に暖かくなり、価値ある建物を安全に温めることができます。50年前の完成当時は、メンテナンスが煩わしいことなどのほか、さまざまな理由があり、あまり使われなかったそうなのです。このEcoSmart Fireは煙もススも出ないので、エアコンのような感覚で使えます」
炎を見ていると、ここがより一層、自然との距離がとても近いことがわかる。風が渡り、葉がそよぎ、鳥たちの鳴く声や気配などを感じ、五感が研ぎ澄まされていく体感を得る。
「この建物は、季節の変化はもちろん、刻々と変わる庭の木々や花、草の気配や息遣いを内部に取り込むように設計されています。だから、電化製品を極力排除し、エアコンも目立たせない工夫をして設置しましたが、あまり使っていません。夏はサーキュレーター、冬はEcoSmart Fireで快適な環境が維持できています」
視覚的な効果もある。空間で炎がゆらめいていると、思念や気といった、目に見えないエネルギーに命が宿り、動き出しているようにも感じる。
「炎は、熱と光の役割もあり、モビールなどと同じようなキネティックアート(動きがある美術作品)の役割を果たしています。炎という不定形でありナチュラルな造形が、そこにいる人の目を楽しませて、心をつなげてくれるようにも感じます」
50年前の「建築家の意図」を再構築する
直線と曲線が美しく調和し、焔がゆらめく空間には、川合さんがセレクトした家具、アート、照明、インテリア製品が展示されている。川合さんが畏敬する建築家の高濱和秀(1930-2010)、芸術家のロベルト・マッタ(1911-2002)、照明のデザインで有名な、セルジュ・ムイユ(1922-1988)などの作品が、モダニズム建築と調和していた。
「かつて、オーナー夫妻が意図し、進来さんが作り上げた空間を、私やクリエーターが表現の場として、多くの方やものの出会いの場として使わせていただいている。この建物に出会ってから5年間、何かに導かれるように進んできました。この過程で分かったことは、上質さは、時代の淘汰を経ても色褪せない。今後も普遍的な美を追求し、発信していきます」
川合さんは、この建築を保存するだけではなく、発信拠点として再生し、かつ生活もしている。潜在的な美意識、審美眼が顕在化していくだろう。そんな川合さんは、これから私たちにどんな美しさを見せてくれるのだろうか。
Product
インタビュアー
前川亜紀
撮影
森崎健一
BUNDLESTUDIO Inc.代表/インテリアスタイリスト
川合将人
BUNDLESTUDIO Inc.代表/インテリアスタイリスト
川合将人