EcoSmart Fire Magazine

火と人

Vol.8

「軽井沢時間」を豊かにする暖炉の存在

火と人 Vol.8

日本有数のリゾート地・長野県軽井沢町。標高約1000mの冷涼な高原は、別荘地として約150年の歴史がある。夏の涼しさが知られているが、冬の美しい自然やウィンタースポーツの名所としても知られている。「冬の静寂も軽井沢の魅力です」と言うのは、建築家・船曳桜子さん。曽祖父の代から軽井沢に縁があり、幼い頃から四季を問わず、軽井沢ステイを楽しんできた。この地の魅力を知る船曳さんは、多くのセカンドハウスを手がけている。ここでは最新作の『Rock Cliff』にお伺いし、空間とそこに流れる時間、そして自然についてお話しいただいた。

2025年に完成した、『Rock Cliff』は、その名の通り“石の崖”を思わせる壁が印象的な別荘だ。

「建物全体のイメージは大樹です。“大樹”の“幹”となるのが、この石の壁です。わずかに勾配をつけ、圧迫感を軽減しました。そして、“枝葉”を表現しているのが、重厚感がある大屋根を支えるダイナミックな鉄骨の方杖(ほうづえ/柱と梁などの横架材の接合部に斜めに設置される部材)です。壁をくり抜くように暖炉を設置し、空間に変化をつけ、開放感がありながらも、どこか隠れ家のような雰囲気を演出しました。」

デザイン、設計は、依頼者のライフスタイルと、土地の個性を考慮しながら考えていくという。

「私は依頼をいただくと、まず施主様のライフスタイルを伺い、そして候補地選びをします。軽井沢は高低差があり、土地にも個性があるため、施主様の目的に合わせた土地選びから始まるのです。例えば、“お子様が小さいから、遊び回れる庭を作れる平地がいい”とか“料理やバーベキューがお好きだから、街までのアクセスがいいところを中心に”などです。

私は土地からもインスピレーションを得ることが多いです。この家が建つ前、ここは美しく深い森が広がっていました。その時に、“大樹”というイメージが浮かび、それを施主様と共有することができたのです。土地が持つ記憶は、ひらめきをくれます。そして、そのイメージで作り上げた建物は、自然の風景に美しく馴染むと感じています。

全体のデザインは、施主様がアメリカのリゾート地・ジャクソンホールがお好きと聞き、イメージを固めていきました。

石壁と木を組み合わせる発想を得たのもジャクソンホールからです。ただ、石壁の印象が重すぎるので、方杖で支えた大屋根で軽やかに覆う仕様にしました。このため、壁を天井まで延ばさず、四方と横架材の上の部分はガラスにしました。」

内装もまた自然と呼応させていく。暖炉に採用した石材は、気品と温かみを両立した黒色が特徴的なアルメニアブラックだ。ここには船曳さんがデザインした鉄製の薪台があり、空間を引き締めている。オレンジ色の炎が引き立つ舞台のようだ。

「石と炎の組み合わせは、太古の記憶が蘇るというか、人の心を惹きつける吸引力があります。ですから暖炉はラフで原始的なものが好きです。壁に備え付けのものや、実用的な薪ストーブもいいですが、炎そのものを楽しむキャンプファイヤーのような暖炉に心惹かれます。

それは、私がフィンランドに留学していた時に、ミッドサマー(夏至祭)の経験があるからかもしれません。白夜になるこの日、キャンプファイヤーを設置し、炎の周りで人が踊ったり歌ったりしながら、長い時間を過ごします。夏とはいえ涼しいので、火の暖かさが心地いいのです。

それに、炎はどの角度から見ても美しい。ですから、私は空間のどの場所からも眺められるデザインの暖炉を提案することが多いです。そこにいる皆が好きなことをしていても、視線をずらせば炎が揺らめいている。炎の形は常に変わっており、万に一つも同じ形を留めません。

まさに炎は、アートのようだと感じます。様々なことを気づかせてくれて、見飽きません。このような開放的な構造の暖炉だと、薪がパチパチとはぜる音や、薪の香りをダイレクトに感じ、五感で楽しむことができます。また、薪の暖炉は、使ううちに味わいが増してきて、建物全体の風合いを増すことにもつながっていきます。

また、暖炉の熱はとても柔らかく、暖かい。包まれるととてもリラックスしますし、火を消してもほんのりと温かさが持続します。軽井沢の冬には欠かせないと思うのです。軽井沢は特別な場所で、自然やレジャーを楽しむだけではなく、自分自身と向き合い、人生そのものを充実させる時間が流れていると感じます。その傍に暖炉があると、滞在そのものがとても豊かになるのではないでしょうか。」

船曳さんが手がけた軽井沢の別荘『M-WALTZ』や、『石の庭を囲む家』にも暖炉を導入している。

「これまで、薪の暖炉についてお話ししてきましたが、2つの別荘に導入しているのは、バイオエタノール暖炉です。やはり暖炉は換気設備や、薪置き場、安全管理、清掃などが必要。しかし、EcoSmart Fireは排気設備が要らないので、置く場所を選びません。さらに、煙も煤も出ず、室内をクリーンに保つことができるので使いやすいのです。実際の炎なのでゆらめきも楽しめますし、暖房器具としても優れています。

そこで、『M-WALTZ』では、EcoSmart Fireをリビングの中央のテーブルのセンター内に設置しました。そこにいる人がくつろぎながら、より豊かな団らんの時間を過ごす一助になっていると伺い、とても嬉しく思いました。」

この『M-WALTZ』は階段の構造が個性的だ。それには理由があるという。

「ここは、浅間山麓の尾根に建っており、土地の高低差が特徴です。そこを自然に移動できるように階段で繋ぎ、シンプルで明快な構成を意識して仕上げました。」

「『石の庭を囲む家』は、オーディオルームにEcoSmart Fireを設置しました。静かな軽井沢で、音楽を聴いたり、ピアノを演奏しながら炎を楽しむ時間を過ごしていると伺っています。

いずれも、私の好みである「360°炎を楽しむ」というデザインの暖炉を提案し、取り入れていただきました。

もうひとつEcoSmart Fireには利点があります。それは、リフォーム時に移動しやすいこと。住宅を建てるときは、そのときの家族の形態や趣味に合わせることが多いですが、いつかそれは変わるかもしれません。暖炉を作りつけると、間取りを変えようと思っても、リフォームが難しい。EcoSmart Fireなら、フレキシブルに対応できます。

施主様は家を建てる時に、多くのことを決めます。暖炉を入れるとなると、場所がどうしても固定されてしまう。でも、EcoSmart Fireなら“暖炉を導入しても、後で置き場所は変えられる”と気軽に導入できることも魅力だと思っています。」

船曳さんは設計・デザインのみならず軽井沢の楽しみ方を、心身ともに深いところから提案している。なぜなら、船曳さんと軽井沢の縁は深いから。約100年前に曽祖父様が軽井沢に土地を求めたことから始まっているという。

「土地はありましたが、実際に家を建てたのは、私の両親です。以降、幼い頃から40年以上、軽井沢ステイを楽しんでいるので、メリットやデメリットを体験的にわかっていると自負しています。

子どもの頃は、到着するとまずテラスの掃き掃除をしていました。その落ち葉を集めて焼き芋をするのが楽しみだったのです(笑)。そしてテラスから見える、軽井沢の森の独特の繊細な佇まいに魅了されました。

軽井沢の土壌は、浅間山の火山灰により軽石が堆積しているような状態で、決して豊かではありません。そのため、木々は太くなりにくく、葉も生い茂ることは少なく、幹は細く高く伸びるのです。いわゆるうっそうとした“鎮守の森”とは異なり、軽やかで儚ささえも感じます。

とはいえ、全ての森がそうではなく、土地によって個性があります。冒頭で、私は土地の提案から行うことをお話ししましたが、その理由のひとつは、森の表情が土地ごとに異なることもあります。」

軽井沢の魅力は、滞在そのものが楽しいことだという。

「楽しみは、東京から向かうところから始まっており、“バーベキュー? それとも煮込み料理にしようかな?”とワクワクしながら、食材を仕入れて向かいます。別荘に到着したら、室内外の掃除をして、暖炉に火を入れる。そして、料理の仕込みを始めます。

ひと段落した頃に、部屋は温まっており、ソファに身を沈めつつ、木々をわたる風の音や鳥の声、そして薪がはぜる音を聞く。まどろみかけたころに、家族や友人がやってきて、料理や団らんを楽しむ。翌日は燻製を仕込んだり、ガーデニングに熱中したり……このような時間が心身をリセットしてくれます。おそらく軽井沢は、都市部とは違う時間が流れていると思うのです。

また、軽井沢を歩いていると、土の温もりがひたひたと伝わることを感じます。ゆるやかな時間の流れに体のリズムが慣れてくると、自然や歴史、そしてこの街を愛した人の気持ちの上に立っているような感覚に包まれるのです。これもまた魅力となり、多くの人が軽井沢に惹きつけられるのだと感じています。」

軽井沢を熟知する船曳さんに別荘を依頼する人は多く、今、複数のプロジェクトが同時進行中だという。船曳さんによる別荘の特徴は、施主の個性を表現しつつ、自然と一体化していることだ。

船曳さんの最新作・Rock Cliffに滞在中、住宅の名手として知られ、軽井沢の別荘も手がけている建築家・吉村順三の名言「建築は、はじめに造型があるのではなく、はじめに人間の生活があり、心の豊かさを創り出すものでなければならない。そのために設計は、奇をてらわず、単純明快でなくてはならない」を思い出した。

Rock Cliffは、そこにいるだけで気持ちいい。それは、窓の大きさ、天井の角度などにより、室内にいながらも、軽井沢の柔らかい光や、木々をわたる風を感じることができるからだろう。

これには、船曳さんが培ってきたプロポーション感覚が反映されている。おそらく船曳さんは、建物だけでなくそこでの“体験”や、そこにいる人の人生も含めて設計しているのかもしれない。Rock Cliffでは、暖炉の暖かさに包まれた室内にいながらも、森で遊び、空中を浮遊しているような感覚があった。自分の感覚に耳を澄ますほど、自然が鮮やかに立ち上がってくるようにも感じた。

参考文献
・長野県軽井沢町
https://www.town.karuizawa.lg.jp/
・『軽井沢の歴史と文学』(桐山 秀樹・吉村 祐美共著/万来舎)
・林野庁「浅間軽石堆積地の効率的施業について」
https://www.rinya.maff.go.jp/chubu/gijyutu/pdf/pdf/h04_001.pdf
・『建築家吉村順三のことば100建築は詩』(吉村順三建築展実行委員会編/彰国社)

インタビュアー

前川亜紀

撮影

森崎健一

船曳桜子建築設計 一級建築士事務所

船曳桜子

東京都渋谷区生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒業。文化人類学者の父に伴い幼少時代を英国ケンブリッジで過ごす。フィンランド・ヘルシンキ工科大学建築学科留学中、マッティ・サナクセンアホ建築事務所、帰国後、ミリグラムスタジオなどに所属。2006年に自身の建築事務所を開設する。日本大学海洋建築工学科非常勤講師。趣味は旅行で、ヨーロッパをはじめメラネシア諸島、ロシア、中国、エジプトなど30ヵ国以上を旅している。

船曳桜子建築設計 一級建築士事務所

船曳桜子

東京都渋谷区生まれ。武蔵野美術大学建築学科卒業。文化人類学者の父に伴い幼少時代を英国ケンブリッジで過ごす。フィンランド・ヘルシンキ工科大学建築学科留学中、マッティ・サナクセンアホ建築事務所、帰国後、ミリグラムスタジオなどに所属。2006年に自身の建築事務所を開設する。日本大学海洋建築工学科非常勤講師。趣味は旅行で、ヨーロッパをはじめメラネシア諸島、ロシア、中国、エジプトなど30ヵ国以上を旅している。