EcoSmart Fire Magazine
Vol.10
火とともに、山の時間をほどく。
2026.05.01
長野県・蓼科の車山高原。標高約1500mの高地に位置し、澄んだ空気のなか、八ヶ岳連峰の山並みが視界の奥までひらける。夏の涼しさ、静けさが深まる秋、白銀に包まれる冬──季節ごとに異なる表情を見せるのも、この土地の魅力だ。
この地に拠点を構えたのが、〈flooat〉のデザインディレクター・吉田裕美佳さんと、ジャーナル紙の企画など、デザインにまつわる領域において多岐にわたる活動を行う山本考志さんご夫妻。そんな二人が選んだのは、日常の東京の暮らしから少し距離を置き、週末や休暇に「風景とともに過ごす」ための家だった。

セカンドハウスを検討していた当初は、海外に拠点を持つことも視野に入れていたという。パンデミックを経て、その選択肢は現実的なものではなくなり、国内の自然に近い場所へと軸足が移っていった。
「もともと山登りやキャンプが好きで、自然の中で過ごす時間が二人にとってすごく大切なものだったんです。軽井沢や蓼科で探し始めた時に、運よくこの物件と出会えて。場所を決めた一番の理由は、この景色ですね。初見で直感的に“ここだ”と。」
いくつかの土地を見て回る中で、この場所を選んだ理由は、きわめて感覚的なものだった。建築的な条件や利便性よりも先にあったのは、身体にすっと馴染む風景。その感覚が、そのまま決め手になった。
都心からおよそ3時間という距離も、「リトリートとしてちょうどいい」と山本さんは言う。日常と切り離されすぎることもなく、かといって連続もしない。そのあいだにある距離が、都心での時間を自然とリセットし、気持ちを切り替えてくれる。

車山高原の別荘地に佇むこの建物は、築35年ほどの集合住宅の一室。前の住人が丁寧に使っていたこともあり、状態は良好だったため、大きな改修は行わず壁紙やカーテンを整える程度にとどめ、もともとの構成を活かしながら暮らし始めた。
「二人ともインテリアやデザインの仕事をしているけど、ここではそういうことを一回取り払って、ただリラックスできる場所にしたかったんです。」
対外的な完成度ではなく、私的な心地よさを優先した。そうして暮らし始める中で、意識は少しずつ変わっていった。
「しばらくして、この空間でもちゃんと生活しよう、丁寧に暮らそうという気持ちになっていきました。古い建物と空間に何が合うのかを考える中で、北欧のヴィンテージデザインへと、自然と意識が向いていって。長く手元にあった照明や椅子を改めて使い始めることで、この空間の輪郭が少しずつ見えてきたんです。」
大きく開かれた窓の先には、四季の移ろいがそのまま広がる。そうして少しずつ設えた北欧の古いオブジェや器は、余白を携えながらこの空間に息づいている。この家は、何かを主張するためではなく、そうした風景を受け止める器として、ただそこにある。

この場所では、寒さもまた暮らしの一部となる。標高の高いこのエリアでは春先の4~5月頃まで冷え込みが続き、秋も9月には急激に気温が下がる。真夏でも朝晩にはひんやりとした空気が残り、「ちょっと火をつけたい」と感じる日もあるという。
「冬は氷点下20度くらいになりますし、ほぼ一年中、何かしらの暖が必要ですね。」
夜になると、周囲は漆黒の闇に包まれる。
「最初は、吸い込まれそうでちょっと怖かったです。街では感じることのない深い暗さ。でも、その闇もだんだん身体に馴染んでいって、星や月の光と一緒に受け入れられるようになっていく。その中で、静かに存在感を帯びてくるのが、炎なんです。眺めていて気づいたら10分、15分経っていることもあります。」

朝の澄んだ空気の中でも、日中の柔らかな光の中でも、そして夜の闇の中でも。炎は一日の流れに寄り添いながら、時間の質を静かに変えていく。
この家では、もともと備え付けられていた薪暖炉に加え、エコスマートの炎も取り入れている。二人が選んだのは〈T-Lite 3〉。
「コンパクトなサイズ感と、シンプルなデザインが空間にすっと馴染んでくれる気がして。この家にちょうどよかったですね。」
視線は自然と火に引き寄せられ、思考はゆるやかにほどけていく。何かを考えようとするわけではない。ただ火を眺めているだけで、気づけば時間が過ぎていく。
「何も考えない時間が生まれて、リセットされる感覚があります。」

吉田さんはその時間を「浄化のような感覚」と表現する。何も考えない時間と、ふとした思考が立ち上がる時間とが、ゆるやかに行き来する。 闇の深さ、月明かりの静かな光、そして炎の揺らぎ。その関係の中で、炎は自然と視線を集め、空間に穏やかな重心をつくる。光と影のコントラストが生まれ、室内の距離や奥行きも、わずかに変化していくように感じるのだという。薪の火やガスストーブが主軸にある中で、〈T-Lite 3〉は補助的でありながらも、光と熱をやわらかく補う存在として、機能している。
この場所では、仕事も行われる。
「東京だと、30分ごとに違うことを考えている。でもここだと、一つのことにじっくり向き合える。」
都市では複数の思考が並行して進むのに対し、ここではひとつの対象に深く集中する時間が生まれる。一方で、朝起きて散歩をし、食事をして、昼寝をする。そんな時間が自然に流れていく。
「起きて、散歩して、ご飯食べて、昼寝して、温泉入って……。東京とは少し違う密度で、二人の時間が流れている気がします。ここでの暮らしにおいて、炎が創作に直接作用しているかどうかは、はっきりとはわからない。けれど、環境が思考に影響している感覚はありますね。 純度の高いものって、環境が影響すると思うので。」
山の中での暮らしは、何かを足していくというよりも、すでにある環境に身を委ねていくことに近い。
火もまた、その風景の中にある一つとして、二人の時間に静かに寄り添っている。

インタビュアー
小西亜希子
撮影
森山広三
FLOOATデザインディレクター
吉田裕美佳
FLOOATデザインディレクター
吉田裕美佳
OCTOBER主宰
山本考志
OCTOBER主宰
山本考志